国税庁OBの袖山税理士が解説「製造業がEDIを利用する場合の下請法対応」(2024/2/2更新)
筆者:袖山喜久造(そでやまきくぞう) SKJ総合税理士事務所 所長・税理士
国税庁調査課、東京国税局調査部において長年大規模法人の法人税調査等に従事。在職中、電子帳簿保存法担当の情報技術専門官として、調査、納税者指導、職員教育等に携わる。平成24年7月に国税を退職し、同年11月SKJ総合税理士事務所を開設。税務コンサルティングのほか企業電子化、システムコンサルティングを行う。
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企業の営業活動において授受される様々な取引情報は、税法上の保存対象となり、取引書類を書面(紙)で授受すれば書面保存、データで授受すればデータ保存が義務付けされています。
製造業においては、取引に係る取引書類の書面発行や受領の業務効率化、システム活用による業務適正化を図るため、取引情報授受のEDIシステム化が進んでいます。EDI取引に係るシステムは、主に業界標準フォーマットで構築されてきましたが、EDI取引データは、電子帳簿保存法で規定される電子取引に該当するため、税法の保存期間中、全ての取引プロセスにおいてのメッセージ情報をデータで保存しなければなりません。
また、EDI取引データの保存に当たっては、電子帳簿保存法の対応だけではなく、消費税法や下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)などの対応も確認しておく必要があります。
EDI取引により授受される様々な取引情報は、書面の取引書類に代わる取引の証跡となる取引データとなります。電子帳簿保存法第7条では、授受されたデータを保存することが義務付けされています。保存すべきEDIデータは、受発注を行うシステムから送信されたデータ、若しくは、受信したデータであって、送信前のシステムで作成されたデータ、受信後にシステムに取り込まれているデータではありません(※)。取引先との間で授受される、取引のプロセス上で授受されるEDIデータは、全て保存対象とすべきデータとなります。
なお、電子取引データについては、令和3年度改正により出力書面による保存が廃止されていますが、そもそもEDI取引データは、書面に出力して保存することができないため、従来から電子帳簿保存法の保存要件に従って保存しなければなりません。
※EDIの電子帳簿保存法上の保存要件については、「令和5年度電子帳簿保存法の改正とEDIデータの対応」を参照ください。
(※)電子帳簿保存法取扱通達7-1解説によると、「業務システムのデータを編集して送信している場合にその編集前の業務システムのデータを保存する方法又は受信後の業務システムに引き継がれた後のデータを編集して保存する方法は、相手方と送受信したデータとはいえないことから認められない。」としています。
最近は、下請事業者との契約や取引に係る発注等の電子化が進んでいます。下請法の対象となる取引データは、編集や改ざんなどのリスク対策が万全かどうか、電子帳簿保存法だけではなく、下請法の規定に従って保存され閲覧可能となっているかなどを確認しておく必要があります。
下請法は、下請取引における、親事業者の優越的地位の濫用行為を取り締まるとともに、下請事業者の利益を保護するための法律として重要な役割を担っています。下請法は、適用対象となる取引の範囲を①取引内容(製造委託、修理委託、情報成果物作成委託及び役務提供委託)と②資本金区分の両面から定めています。製造業を営む事業者(※)が下請に発注する場合には、下請法を遵守する必要があります。
(※)下請法の対象事業者は、親事業者が資本金3億円超の場合下請け事業者は個人事業者を含め資本金3億円以下、親事業者が資本金1千万円超3億円以下の場合下請け事業者は個人事業者を含め資本金1千万円以下の場合に適用されます。
下請法は、下請取引の公正化及び下請事業者の利益保護のため、親事業者に(1)発注書面の交付義務、(2)取引に関する書類作成及び保存義務、(3)支払期日を定める義務、(4)遅延利息を支払う義務の4つの義務が課せられています。
(1)発注書面の交付義務 発注書面には以下の事項が記載されていることが必要です。 ① 親事業者及び下請事業者の名称(番号、記号等による記載も可) ② 製造委託、修理委託、情報成果物作成委託又は役務提供委託をした日 ③ 下請事業者の給付の内容(役務提供委託の場合は、提供される役務の内容) ④ 下請事業者の給付を受領する期日(役務提供委託の場合は、役務が提供される期日又は期間) ⑤ 下請事業者の給付を受領する場所(役務提供委託の場合は、役務が提供される場所) ⑥ 下請事業者の給付の内容(役務提供委託の場合は、提供される役務の内容)について検査をする場合は、その検査を完了する期日 ⑦ 下請代金の額 ⑧ 下請代金の支払期日 ⑨ 下請代金の全部又は一部の支払につき、手形を交付する場合は、その手形の金額(支払比率でも可)及び手形の満期 ⑩ 下請代金の全部又は一部の支払につき、一括決済方式で支払う場合は、金融機関名、貸付け又は支払を受けることができることとする額、親事業者が下請代金債権相当額又は下請代金債務相当額を金融機関へ支払う期日 ⑪ 下請代金の全部又は一部の支払につき、電子記録債権で支払う場合は、電子記録債権の額及び電子記録債権の満期日 ⑫ 原材料等を有償支給する場合は、その品名、数量、対価、引渡しの期日、決済期日及び決済方法
(2)取引に関する書類作成及び保存義務 親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、下請法第5条の書類又は電磁的記録の作成及び保存に関する規則(5条規則)で定めるところにより、以下の「具体的な必要記載事項」について記載した書類(5条書類)を作成し、これを2年間保存しなければならない、とされています。 【具体的な必要記載事項】 ① 下請事業者の名称(番号、記号等による記載も可) ② 製造委託、修理委託、情報成果物作成委託又は役務提供委託をした日 ③ 下請事業者の給付の内容(役務提供委託の場合は、役務の提供の内容) ④ 下請事業者の給付を受領する期日(役務提供委託の場合は、役務が提供される期日又は期間) ⑤ 下請事業者から受領した給付の内容及び給付を受領した日(役務提供委託の場合は、役務が提供された日又は期間) ⑥ 下請事業者の給付の内容(役務提供委託の場合は、提供される役務の内容)について、検査をした場合は、その検査を完了した日、検査の結果及び検査に合格しなかった給付の取扱い ⑦ 下請事業者の給付の内容について、変更又はやり直しをさせた場合は、その内容及び理由 ⑧ 下請代金の額(下請代金の額として算定方法を記載した場合には、その後定まった下請代金の額を記載しなければならない。また、その算定方法に変更があった場合、変更後の算定方法、その変更後の算定方法により定まった下請代金の額及び変更した理由を記載しなければならない。) ⑨ 下請代金の支払期日 ⑩ 下請代金の額に変更があった場合は、増減額及びその理由 ⑪ 支払った下請代金の額、支払った日及び支払手段 ⑫ 下請代金の全部又は一部の支払につき、手形を交付した場合は、その手形の金額、手形を交付した日及び手形の満期 ⑬ 下請代金の全部又は一部の支払につき、一括決済方式で支払うこととした場合は、金融機関から貸付け又は支払を受けることができることとした額及び期間の始期並びに親事業者が下請代金債権相当額又は下請代金債務相当額を金融機関へ支払った日 ⑭ 下請代金の全部又は一部の支払につき、電子記録債権で支払うこととした場合は、電子記録債権の額、支払を受けることができることとした期間の始期及び電子記録債権の満期日 ⑮ 原材料等を有償支給した場合は、その品名、数量、対価、引渡しの日、決済をした日及び決済方法 ⑯ 下請代金の一部を支払い又は原材料等の対価の全部若しくは一部を控除した場合は、その後の下請代金の残額 ⑰ 遅延利息を支払った場合は、遅延利息の額及び遅延利息を支払った日
(3)支払期日を定める義務 親事業者は、親事業者が下請事業者の給付の内容について検査をするかどうかを問わず、受領日(下請事業者から物品等又は情報成果物を受領した日。役務提供委託の場合は、下請事業者が役務を提供した日)から起算して60日以内(受領日を算入する。)のできる限り短い期間内で、下請代金の支払期日を定める義務があります。
(4)遅延利息を支払う義務 親事業者は、下請代金をその支払期日までに支払わなかったときは、下請事業者に対し、受領日(下請事業者から物品等又は情報成果物を受領した日。役務提供委託の場合は、下請事業者が役務を提供した日)から起算して60日を経過した日から実際に支払をする日までの期間について、その日数に応じ当該未払金額に年率14.6%を乗じた額の遅延利息を支払う義務があります。
下請取引の公正化及び下請事業者の利益保護のため、親事業者には以下11項目の禁止事項が定められています。たとえ下請事業者の了解を得ていても、また、親事業者に違法性の意識がなくても、これらの規定に触れるときには、下請法に違反することになるので十分注意が必要です。
以下の項目を禁止行為としています。
①受領拒否の禁止(第4条第1項第1号)
注文した物品等又は情報成果物の受領を拒むこと。
②下請代金の支払遅延の禁止(第4条第1項第2号)
物品等又は情報成果物を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者が役務を提供した日)から算して60日以内に定められた支払期日までに下請代金を支払わないこと。
③下請代金の減額の禁止(第4条第1項第3号)
あらかじめ定めた下請代金を減額すること。
④返品の禁止(第4条第1項第4号)
受け取った物を返品すること。
⑤買いたたきの禁止(第4条第1項第5号)
類似品等の価格又は市価に比べて著しく低い下請代金を不当に定めること。
⑥購入・利用強制の禁止(第4条第1項第6号)
親事業者が指定する物・役務を強制的に購入・利用させること。
⑦報復措置の禁止(第4条第1項第7号)
下請事業者が親事業者の不公正な行為を公正取引委員会又は中小企業庁に知らせたことを理由としてその下請事業者に対して、取引数量の削減・取引停止等の不利益な取扱いをすること。
⑧有償支給原材料等の対価の早期決済の禁止(第4条第2項第1号)
有償で支給した原材料等の対価を、当該原材料等を用いた給付に係る下請代金の支払期日より早い時期に相殺したり支払わせたりすること。
⑨割引困難な手形の交付の禁止(第4条第2項第2号)
一般の金融機関で割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること。
⑩不当な経済上の利益の提供要請の禁止(第4条第2項第3号)
下請事業者から金銭、労務の提供等をさせること。
⑪不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止(第4条第2項第4号)
下請事業者に責任がないのに、費用を負担せずに、発注の取消しや内容変更、やり直しをさせ、下請事業者の利益を不当に害すること。
下請法の対象となる取引情報をデータで保存する場合には、公正取引委員会等の検査に当たって、その内容が容易に確認できるようにするため、以下の要件に従って保存することが必要となります。
取引記録の作成・保存の要件(5条規則第2条第3項)
○ 記録事項について訂正又は削除を行った場合には、これらの事実及び内容を確認できること。 ○ 必要に応じて電磁的記録をディスプレイの画面及び書面に出力することができること。 ○ 下請事業者の名称等や範囲指定した発注日により、電磁的記録の記録事項の検索をすることができる機能を有していること。
親事業者が下請事業者に対し、取引に関してシステム利用をさせる場合には、その費用負担等については以下の検討が必要となります。
取引記録の作成・保存の要件(5条規則第2条第3項)
(1)システム利用上の費用負担について ①電磁的記録の提供に係るシステム開発費等 親事業者が下請事業者に電磁的記録の提供を行うため、システム開発費等親事業者が負担すべき費用を下請事業者に負担させることは、本法第4条第2項第3号(不当な経済上の利益の提供要請の禁止)又は独占禁止法第19条(同法第2条第9項第5号 優越的地位の濫用)に違反する恐れがあります。 ただし、「下請事業者の利用に応じて追加的に発生する費用」については、下請事業者が得る利益の範囲内での負担を求める場合、例外的に認められることになります。「下請事業者の利用に応じて追加的に発生する費用」とは、例えば、親事業者が電子受発注に利用しているシステムにおいて、下請事業者に対して統計情報、商品の需要予測等の情報を提供できる仕組みとなっている場合、下請事業者が、このような情報を利用することによって発生する費用等が該当します。 ②電子情報機器等の購入等 下請事業者が電磁的記録の提供を受けるために必要な通信機器、電子計算機等の機器、ソフトウェア等を購入することやインターネットプロバイダ、システムサービス事業者等からの役務の提供を受けることがありますが、このような場合において、親事業者が下請事業者に対して、書面の交付に代えて電磁的記録の提供を求めること自体は、直ちに、本法又は独占禁止法上問題となるものにはなりません。例えば、次のような場合には、本法第4条第1項第6号(購入・利用強制の禁止)又は独占禁止法第19条(同法第2条第9項第5号 優越的地位の濫用)に違反する恐れがあるので注意する必要があります。 ○ 正当な理由がないのに、自己の指定する通信機器、電子計算機等の機器、ソフトウェア等を購入させ、又は自己の指定するインターネットプロバイダ、システムサービス事業者等からの役務の提供を受けさせること。 ○ 親事業者が提供するシステムの一部の機能しか下請事業者が利用しないにもかかわらず、そのほとんどの機能を利用することを前提とした費用の負担を求めること。 ③通信費用等の負担 電磁的方法による提供に伴う通信費用を、下請代金から減額するなどして下請事業者に負担させることは、本法第4条第1項第3号(減額の禁止)又は独占禁止法第19条(同法第2条第9項第5号優越的地位の濫用)に違反する恐れがあります。ただし、下請事業者が親事業者から、送信された電磁的記録を受信するために要する通信費用について、あらかじめ下請事業者の承諾を受けたときは、この限りではありません。
(2)電磁的方法による提供を承諾しない下請事業者等への不利益な取扱い 電磁的方法による提供を行うことを承諾しない下請事業者、又は書面の交付に代えて電磁的記録の提供を受けない旨の申出をした下請事業者に対し、正常な商慣習に照らして不当に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施する場合には、独占禁止法第19条(同法第2条第9項第5号 優越的地位の濫用)に違反する恐れがあります。
(3)電磁的記録の提供を行うことができなかったときの措置 親事業者がシステムの故障等により下請事業者に対して、直ちに書面の交付に代えて電磁的方法により提供を行うことができない場合は、当該下請事業者に書面を交付する必要があります。また、電磁的方法による提供を行うに当たって、電磁的記録を送信し、又は下請事業者が閲覧した場合であっても、下請事業者のファイルに記録されなかったときは、下請法第3条に違反することとなるので、親事業者において下請事業者のファイルに記録されたか否かを確認することが必要となります。また、電磁的方法による提供を行うに当たって、当該電磁的記録が下請事業者のファイルに記録されなかった場合において、下請事業者が納期までに納品できないこと等を理由に、受領を拒否し、下請代金の額を減じることは、本法第4条第1項第1号(受領拒否の禁止)及び第3号(減額の禁止)に違反することになります。