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未来調達研究所コラム「【いま知っておくべき調達・購買を解説】調達はコスト削減部門から利益を守る部門へ変わった」(2026/7/29)

現状分析と問題定義

「長い目で見てくれって日本人はいうけれど、私の目の長さは変わらないですよ」と中国サプライヤから冗談をいわれたことがある。それもだいぶ前。20年ほど前のことだ。

よく日本人は「長い目で考えてくれ。長期的に儲けてくれ」という。これは逆にいえば「短期的には儲からなくても許してよ」といいたいわけだ。

この中国人は、長い目で考えてほしい、の意味を物理的な長い目で見てほしい、と勘違いしたわけではない。もちろん理解はしている。そのうえで、中国では短期的にも長期的にも儲けることがスタンダードだ、というメッセージを私に伝えていた。

これは多くの調達担当者のレッスンになると思うが、実際に「品質はそのまま、でも価格は下げてね」といったお願いは日本くらいでしか通用しないだろう。そして、日本であってすら通用しなくなっている。

たとえば「調達部門に今期も削減目標を持たせています。前年比3%です」と、ある製造業の役員会議で、こう報告する調達担当役員がいた。出席していた社長は満足げにうなずいた。だが、この光景こそが、いま日本の製造業がもっとも見直すべき慣行かもしれない。

長らく、調達部門の存在意義は「買値を下げること」だった。期初に削減目標を設定し、サプライヤと交渉し、達成率を報告する。このサイクルは、デフレと円高の時代にはたしかに機能した。というのもかつては、買い手が強く、売り手が弱い。相見積を取れば価格は下がり、下がった分だけ利益が積み上がった。調達部門の評価指標が「コスト削減額」一本槍だったのは、それで説明がついたからだ。

経営コンサルタント 坂口孝則氏

だが、前提が崩れた。

円安の定着、資源価格の高止まり、そして労務費の構造的な上昇だ。最低賃金は毎年引き上げられ、あらゆる業種で人手の確保自体が難しくなった。サプライヤの側に、もはや「削る余地」が残っていない。見積書の向こう側にいる中小サプライヤは、エネルギーコストと人件費の上昇分すら十分に価格転嫁できず、疲弊している。そこへ「あと3%」と迫れば、返ってくるのは値下げではなく、品質の低下か、供給の辞退か、最悪の場合は生産中止の連絡だ。

実際、長年の主力サプライヤから突然「今期限りで御社向けの生産をやめたい」と申し入れられ、慌てて役員が謝罪と慰留に走った、という話を複数の会社で聞くようになった。売り手と買い手の力関係は、静かに、しかし確実に逆転している。

「そりゃ、ちげーだろ。ちゃんと技術的に仕様を削ればいいじゃねーか」と私は怒られた。調達部員をバカにすんな、と。たしかにスペックダウン、VAによって下がるならサプライヤにも負担がない。ただ現実的には本質的にはたんなる値引きだったり、仕様変更の確定前に価格だけさげさせたり、という事態が常態化している。

現実的には現場の業務の重心はすでに変わっている。いま調達部門の定例会議の議題を占めているのは、削減の進捗ではなく、サプライヤから届いた値上げ要請への対応である。バイヤーの仕事は「いくら下げるかの交渉」から「いくら上げるかの協議」へと様変わりした。皮肉なことに、削減目標を掲げている会社ほど、この現実と目標の乖離に現場が苦しんでいる。値上げを受け入れれば目標未達、突っぱねれば取引と法令のリスク。どちらに転んでも評価されない仕事を、現場は黙々とこなしている。

さらに決定的なのが法制度の転換である。2026年1月、下請法が改正され「中小受託取引適正化法」、いわゆる取適法として施行された。労務費や原材料費、エネルギーコストの上昇を受けて受託側から価格引き上げの要請があった場合、発注側は誠実に協議へ応じることになった。協議に応じない一方的な代金の据え置きは、法違反として公正取引委員会の指導・勧告の対象になり得る。

改正前から、当局は価格転嫁に後ろ向きな発注企業の社名を公表するという強い手段を使い始めていた。転嫁の協議すらしていなかった企業のリストが公表され、名を連ねた大企業が相次いで釈明に追われたのは記憶に新しい。世論の風向きも変わった。かつて「買い叩ける調達は優秀」だった評価は、いまや「取引先を泣かせる会社」という評判リスクに転じている。採用市場でも、投資家の目から見ても、サプライチェーンへの姿勢は企業を評価する物差しの一部になった。調達のやり方は、もう調達部門だけの問題ではない。

従来型値下げ交渉

利益を圧迫している真犯人は「価格」ではない

「私たちにはパラダイムシフトっていうか、考え方を変更せなあかんのやろね」と現場のマネージャーとよく話す。値下げ交渉ができないなら、製造業の利益はもう守れないのか。そうではないはずだ。

利益を圧迫している原因は、本当に「購入価格が高いこと」なのだろうか。原価構造と取引プロセスの「不透明さ」を是正することで、もっと改善の余地があるのではないか。

たとえば、こんな会社は珍しくない。ある部品をどのサプライヤから、いくらで、なぜその価格で買っているのか。過去にどんな見積を取り、どんな交渉をして、なぜそのサプライヤに決めたのか。これらの情報が、担当者個人のメールボックスと、部門ごとにバラバラのエクセルファイルの中に散在している。

担当者が異動すれば、経緯は失われる。後任は「前からこの価格だから」という理由で発注を続ける。何年も相見積を取っていない品目が、購買金額の相当な部分を占めている。そんな実態が、調べてみると次々に出てくる。

これが何を意味するか。調達部門は、どんな質問でも役員層から質問されても即答できないケースが多い。これはデータが人と部門に埋もれているからだ。見積・交渉・選定のプロセスがブラックボックスになっている。

典型的な症状が「受注時黒字、納品時赤字」である。見積時点の原価情報が古いまま販売価格を決め、受注する。生産までの間に資材が値上がりし、納品する頃には採算が割れている。原価の変動がリアルタイムに見えていれば、受注判断も販売価格への転嫁判断も違ったはずだ。利益は、価格交渉の敗北によってではなく、この「見えなさ」によって静かに流出していく。

不透明さのコストは、それだけではない。もっとシンプルな話じゃないか、と思う。

複数サプライヤの見積を横並びで比較できなければ、市場実勢より高い価格を放置してしまう。価格を「叩く」までもなく、単に比較しなかったせいで支払わなくてよい金額を支払っている企業は多い。

そして取適法の時代、発注側は「なぜこの価格で合意したのか」を協議の記録とともに説明できなければならない。記録がなければ、正しい取引をしていても、正しさを証明できない。調達プロセスの透明性は、いまや受注力の一部だ。

また、いま多くの企業の調達部門には、サプライヤからの値上げ要請が押し寄せている。数十件、大きな会社なら数百件という単位だ。その一つひとつについて、要請が原材料市況に照らして妥当なのか、便乗なのか。過去の見積履歴とコスト構造のデータがなければ、判断のしようがない。結果、全部受け入れるか、全部突っぱねるかの二択になる。前者は利益を失い、後者は法令と信頼を失う。だからちゃんとデータをとって、ちゃんとやろうね、というシンプルな話だと思う。利益の敵は、高いサプライヤ価格じゃなく「根拠を持って原価を語れない状態」そのものじゃないかな。

ブラックボックス調達から説明可能調達へ

「根拠ある原価形成」への転換――データ・証跡・比較

だとすれば、進むべき方向は明確だ。価格交渉から、「根拠ある原価形成」への転換だろう。

根拠ある原価形成とは、サプライヤの調達原価がどんな要素で構成され、市況の変動がどこに効き、どのサプライヤがどの領域で競争力を持つのかをデータで把握する。それで、サプライヤとともに「あるべき原価」を設計していく営みだ。

材料費、加工費、金型の償却、物流費、管理費。見積を一枚の合計金額としてではなく、構成要素に分解して見る。市況が上がった要素は上げ、効率化できる要素は一緒に下げる。値切りではなく、設計。この違いは大きい。

私に「そりゃ、ちげーだろ」と怒った方も、これくらいコスト明細が明らかになったら、根拠なき単純な価格交渉や、無理な買いたたきはなくなると思ってくれるだろう。

たとえば金属加工品なら、材料となる金属材料の市況価格に連動して部品価格を定期改定する取り決めをサプライヤと結ぶ。市況が上がれば自動的に価格も上がるが、下がれば下がる。サプライヤは転嫁の交渉に神経をすり減らす必要がなくなり、買い手は便乗値上げを疑う必要がなくなる。こうしたフォーミュラ方式は一部の大手では当たり前になりつつあるが、成立の前提は、双方が同じコスト構造のデータを見ていることだ。データなしに、この種の合意は結べない。サプライヤから見ても、根拠を示して協議してくる顧客と、一律○%と迫ってくる顧客と、どちらと長く付き合いたいかは自明だろう。

そのために最低限そろえるべきものを、私は「データ・証跡・比較」の3点セットと呼んでいる。

一つ目は、データ。品目ごとの発注実績、価格の推移、サプライヤ別の取引額。これらが全社で一元的に見える状態を作る。部門ごと、工場ごとにデータが分断されていては、全社でいくら何を買っているのかすら分からず、原価の議論は始まらない。カテゴリごとの調達戦略も、データの裏付けがなければ作文にしかならない。

二つ目は、証跡だ。見積の依頼から回答、交渉の経緯、採否の理由、価格改定の協議記録まで、取引のプロセスが時系列で残っている状態。これは取適法対応の防御としても機能するが、本質はむしろ攻めにある。過去の交渉経緯が資産として蓄積されれば、担当者が代わっても交渉の質が落ちない。ベテランの引退とともに交渉力が消えていく、という属人化の宿命から組織を解放できる。

三つ目は、比較。同一品目・類似品目について、複数サプライヤの見積を同じ土俵で並べられる状態。比較こそが価格の妥当性を担保する唯一の方法であり、サプライヤに対しても「恣意的に選んでいない」という公正さの証明になる。選定の透明性は、サプライヤとの信頼の基盤でもある。

過去の見積も交渉の経緯も先輩の頭の中にしかなければ、若手は学びようがないと思うんだよね。データと証跡が組織に残っていれば、過去の判断を追体験しながら学べる。属人化の解消とは、ベテランの知恵を奪うことではなく、次の世代へ引き継ぐことじゃないか。

見積から交渉履歴までを、一つの器に入れる

そこで具体策だ。見積依頼から、回答、比較、交渉、採否の決定、そして発注までの一連のプロセスを、一つのデジタルの器の上で完結させることだろう。

ここでの器は、いわば原価情報を扱うECM(Engineering Chain Management)と、サプライヤとの取引を扱うSCMを同じデータ基盤の上に載せる試みでもある。見積・交渉・原価という個別管理されがちな情報を、ひとつの流れとしてつなぎ直す、ということなんじゃないかと。

よく「ローデータがないんで分析ができないっす」という相談を受ける。「データは整形するべきでしょうか」と。もちろんできるならやろう。ただ、ベストは使っているうちにデータがたまる仕組みだ。

サプライヤとつながる共通の基盤の上に載せる。すべての見積が構造化されたデータとして残る。誰がいつ、どの品目に、いくらの見積を出したか。それに対して自社がどう応じ、なぜその価格で決着したか。放っておいても証跡が積み上がる仕組みになる。担当者が交渉のたびに議事録を起こし、フォルダに整理する必要すらない。取適法が求める協議の記録は、業務を普通に回すだけで自動的に残る。

次に、比較が自動化される。複数サプライヤの見積が同じフォーマットで集まるので、横並びの比較表を作る手作業が消える。過去の同一品目の価格とも突き合わせられるから、「この見積は市況に照らして高いのか安いのか」の判断が、経験の浅い担当者にもできるようになる。ベテランの目利きを、仕組みが下支えするのだ。企業間の取引データが蓄積され続ける。

見積と発注のデータが数年分たまれば、それは単なる業務記録ではなく、原価戦略の基盤になる。品目群ごとのコストドライバーが見える。市況と自社の購入価格の連動が見える。どのサプライヤに何を集約すれば全体最適になるかが見える。サプライヤとの価格協議でも、感情論ではなくデータを挟んで対話できる。取適法が求める「誠実な協議」とは、突き詰めればデータに基づく協議のことだ。

投資対効果の面からも、この領域は経営が注目すべきだ。製造業では、売上高に占める購買金額の比率は総じて高く、半分を超える会社も珍しくない。購買コストの1%の適正化は、そのまま利益に落ちる。同じ額の利益を増収で稼ごうとすれば、営業利益率数%の会社なら何倍もの売上増が必要になる計算だ。営業に投じる労力と、調達の仕組みに投じる労力。利益への効き方で比べれば、調達への投資は決して劣らない。にもかかわらず、多くの会社で調達は投資の優先順位が低いまま放置されてきた。ここに手を付けるだけで、利益体質は変わる。

私が前回まで述べてきた開発購買やPLMの議論とも、ここでつながる。製品原価の大半は設計段階で決まる。だが、設計者に「この仕様なら原価はいくらか」を示すための情報の源泉は、日々の見積と取引のデータにほかならない。取引データが整備されていない会社に、開発購買もデータ主導型経営もない。地味な話に聞こえるかもしれないが、見積業務のデジタル化は、製造業DXの入り口なのだ。

そして蓄積されたデータを見る会議体を作ろう。調達の責任者が役員会で原価とサプライヤの状況を定期報告する場を持つこと。また、可能だったら経営自身が調達データを「使う側」の許可を与えよう。経営が見ているという事実こそが、データの鮮度と現場の緊張感を保つ、最大の仕組みである。

最後に、経営層への提言を述べたい。

調達部門への指示を「わが社の調達は説明可能か」としてほしい。すべての取引に根拠と証跡があるか。原価を語るデータが経営の手元に届いているか。サプライヤとの関係は、法改正後の時代に耐えるものか。そして、その仕組みに投資しているか。そして、それがAI時代に使えるデータそのものになるはずだ。

こうした「説明可能な調達」を実現するには、見積依頼、回答、比較、採否判断、交渉の証跡、発注までの一連の情報を、企業間で一元的に管理できる仕組みが欠かせない。いくつかの調達購買システムは、サプライヤとのやり取りや見積・取引データを蓄積し、調達判断の根拠を残すための基盤となる。価格を叩く調達から、原価を設計し、利益を守る調達へと転換するうえで、こうしたデジタル基盤の整備は避けて通れない。

価格を叩く調達は、利益を一時的に作る。原価を設計する調達は、利益を守り続ける。値切るのをやめたら、意外と「見えないもの」が見えてくるのかもしれない。

「説明可能な調達」を実現するためのステップ

これからの調達に求められるのは、「価格を下げること」ではなく、「利益を守るための根拠を持つこと」です。
見積依頼から見積回答、価格比較、交渉履歴、発注までの情報を蓄積・活用できれば、属人化の解消や説明可能な調達の実現につながります。
スマクラBDX 調達購買Webは、見積依頼から見積回答、価格比較、交渉履歴、採否判断、発注までの情報を一元管理し、説明可能な調達と利益を守る調達基盤づくりを支援します。

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