未来調達研究所コラム「【いま知っておくべき調達・購買を解説】なぜ「安さ追求」は逆に調達リスクを高めるのか」(2026/7/29)

大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。著書に『調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買実践塾』『だったら、世界一の購買部をつくってみろ!』『The調達・仕入れの基本帳77』『結局どうすりゃ、コストは下がるんですか?』(ともに日刊工業新聞社刊)『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ0円iPhoneの正体』(ともに幻冬舎刊)『会社が黒字になるしくみ』『思考停止ビジネス』(ともに徳間書店刊)など20冊を超える。 未来調達研究所株式会社ホームページはこちら
「一番安いところに決めた。それの何が悪いんですか」
ある製造業の調達会議で、若手の担当者がそういった。相見積を三社から取り、もっとも安い一社を選んだ。手続きとしては何も間違っていない。むしろ教科書どおりだ。
だが、その半年後、その部品の不良が量産ラインで見つかった。寸法のばらつきが規格を外れ、組み付け工程で不具合が続出した。調べてみると、そのサプライヤはジリ貧におちいっており熟練の検査員は辞めていて充員もできていなかった。設備の保全も先送り。加工精度そのものが落ちていた。
そのサプライヤから出荷済みの在庫は全数選別、原因究明と対策の確認が終わるまで納入は停止。代替先はすぐには見つからない。やっと見つかったと思えば、図面を渡し、試作をして、品質確認をして、量産承認を取るまでに数カ月。そのあいだ、自社の組立ラインは特定の部品一点を欠いたまま、断続的な停止を繰り返した。
安く買った差額と、不良対応の費用やラインが止まった損失。どちらが大きかったかはいうまでもない。部品一点の単価で稼いだ数百万円の削減額は、選別の人件費とライン停止数日分の損失で軽々と消し飛んだ。
「一番安いところに決めた。それの何が悪いんですか」という担当者にたいして上司は「安くしろっていってねえだろ、適正な価格にしろっていってんだろ」といっていた。さきほどむしろ教科書どおりだ、と書いたが、正確にはQD(品質・納期)を確保したうえでの価格だ。どんな教科書にも「品質と納期や開発力、BCPを無視して価格だけ追求しろ」とは書いていない。書いていたら、この時代においてそれはもはや狂人だろう。
最安値を提示できるサプライヤのうち、根拠に裏付けられる場合がある。と同時に、根拠なき安値もある。利益を極限まで削る場合だ。利益が薄いなら、余力がなくなる。設備更新への投資もできない。人材の採用と教育の余力がない。検査や品質保証の体制を厚くする余力がない。そしてBCP、つまり災害や供給途絶に備える事業継続計画に投じる余力もない。
無理な安値のしわ寄せは、目に見えないところに溜まり、品質か、納期か、有事の対応か、必ずどこかでほころびとして現れる。
しかも、有事はもはや例外ではなくなった。この数年を振り返るだけでも、感染症による工場停止と物流の大混乱、世界的な半導体不足、地震や豪雨による被災、そして各国の輸出規制や経済安全保障をめぐる緊張。調達の現場は「何かが止まる」事態を毎年のように経験している。もう一つ見逃せないのが、サプライヤの側の廃業リスクだ。後継者不足と物価高で、技術はあるのに事業をたたむ中小企業が増えている。ある日突然「年内で廃業します」という手紙が届く。「がびーん」。その一社にしか作れない部品があったと気づくのは、たいていその後だ。
調達コストは「総額」で見よう。買値は重要なピースだけど全部じゃない。品質不良の選別や手直しの費用、納期遅延への対応費、サプライヤを切り替えるための試作と承認の費用、そして供給途絶時の機会損失。それらを含めて初めて、その調達の本当のコストが分かる。
供給が止まりかけたとき、サプライヤが限られた生産能力をどの顧客に振り向けるだろう。利益の薄い顧客、つまり安値で買い叩いてきた顧客が後回しになるのは自然なことだ。逆に、適正な価格で長く付き合い、情報も共有してきた顧客は守られる。
安さの追求が、リスクの追求になっている。この逆説を直視するところから、現場の調達改革ははじまる。

前段までの議論をふまえて「リスク分散のためにマルチソース化を進めよ」。経営からはそう号令がかかる。だが、現場担当者ならば知っているはずだ。めんどうだ。サプライヤが一社増えれば、見積のやり取りが増え、品質書類が増え、契約書が増え、監査対応が増える。既存サプライヤ百社の管理すら手一杯なのに、二百社に増やせという。しかもその管理の道具立ては、相変わらずエクセルとメールだ。
実際、多くの企業のサプライヤ管理は煩雑だ。サプライヤの基本情報は基幹システムの取引先マスタに、契約書はキャビネットと共有フォルダに、品質記録は品質保証部門のエクセルに、見積のやり取りは担当者個人のメールに、そして肝心の「あの会社の生産能力や経営状態」は、ベテラン担当者の頭の中に。同じサプライヤの情報が五つの場所に分かれて存在し、どれが最新なのか誰にも分からない。共有フォルダには「サプライヤ一覧_最新」「サプライヤ一覧_最新2」「サプライヤ一覧_最終版」が並んでいる。笑い話のようだが、どの会社にもある光景だ。
そこへ、近年は調査業務が上乗せされる。BCPの整備状況調査、CO2排出量の調査、人権や紛争鉱物への対応調査。顧客や社会からの要請で、サプライヤに聞かなければならない項目は年々増えていく。そのたびにエクセルの調査票を数百社にメールで送り、返ってこない先に電話で督促し、戻ってきたファイルを一つずつ開いて転記・集計する。回収率を上げるだけで数週間。担当者が一人、この作業でつぶれる。しかも集計が終わる頃には、次の調査依頼が届いている。
さらに調達担当者が異動し、退職すれば、会社としてサプライヤを見る目は一気に失われる。異動の引き継ぎの場面を思い出してほしい。前任者が語れるのは、せいぜい「資料はこのフォルダにあります」まで。十年かけて築いた関係の機微は、二週間の引き継ぎでは渡せない。新任者はゼロから関係を作り直し、サプライヤの側は「また一からご説明ですか」と内心ため息をつく。この繰り返しが、双方の信頼をすり減らしていく。

マルチソース化はリスク対策の施策だ。ただ管理できないマルチソースは作業を増やす。二社目、三社目のサプライヤを追加しても、その各社の生産拠点がどこにあり、経営状態がどうで、災害時にどう動くのかを把握していなければ、分散したつもりで分散していない。
実際にあった話だが、リスク分散のために発注を分けた二社が、実は同じ地域の同じ二次サプライヤから素材を仕入れていて「マジかよー」というケースがある。一次で分けても、二次でつながっていれば、被災すれば両方止まる。分散の効果は、サプライチェーンの構造が見えている範囲でしか働かない。
では二次、三次まですべて把握できるかといえば、正直、全品目では不可能だ。だからこそ絞り込みがいる。止まると事業に響く重要品目はどれか。代替の利かないサプライヤはどこか。それを特定したうえで、重要なところだけ川上をたどる。この「どこが重要か」を決める作業自体が、発注実績と品目情報のデータがなければ始まらない。勘で選んだ重要品目リストは、たいてい抜けている。
また、取引を分散すれば一社あたりの発注量は減る。サプライヤから見れば、自社の重要度が下がるということだ。有事の際に優先供給してもらえる関係は、平時の取引の厚みと信頼の上にしか築けない。やみくもな分散は、どのサプライヤからも「二番目以下の客」と見なされる状態を招く。単価も上がる。分散のコストと集中のリスクをどう釣り合わせるかは、品目ごとの戦略判断であって、一律「二社購買せよ」で済む話ではない。
そもそも、なぜ調達の意思決定は「安さ」に偏るのかというと、価格しか、比べられるデータがないからだ。納期の遵守率も、品質の実績も、経営の健全性も、記録が散在していて比較の土俵に載らない。見積書の金額だけが、唯一きれいに並ぶ。だから価格で決まる。皮肉じゃなくて真面目にそう思う。
その意味で、問われているのは調達先の「数」ではない。サプライヤを見る目、関係を維持する力、有事に一緒に動ける力だ。そしてこの力は、調達担当者個人の頑張りではなく、組織の仕組みに宿らせる必要がある。人は異動するが、仕組みは残る。
では、サプライヤの管理能力として、私は四つの情報統合が重要だと考えている。
第一に、サプライヤの基本情報。拠点の所在地、生産品目、保有設備、品質認証、財務の健全性。第二に、契約。取引基本契約、品質協定、価格の取り決めが、いつ結ばれ、いつ更新期限を迎えるか。いま流行りの言葉でいうならCLM(Contract Lifecycle Management)ですかね。第三に、対応履歴。見積、価格協議、品質問題、納期トラブル、監査の指摘と是正。取引の中で交わされたやり取りの記録だ。第四に、BCP情報。生産拠点の被災リスク、代替生産の可否、復旧目標時間、緊急時の連絡体制。
この四つがバラバラの場所にあるのが現状だとすれば、あるべき姿はこれらが一つにつながり、サプライヤごとに横串で見える状態だ。一社の名前を引けば、取引の全体像と、リスクの兆候と、過去の経緯が一画面で分かる。
統合された情報は、リスクの早期発見にも効く。納期遅延の頻度が上がってきた。品質不良が増えてきた。見積の回答が遅くなってきた。こうした小さな兆候は、経営悪化の先行指標であることが多い。情報が一元化されていれば、兆候の変化に気づける。契約の更新期限や認証の失効が近づけば、先回りして手を打てる。
運用の面でも変化が起きる。多くの会社のサプライヤ評価は年に一度、評価シートを埋めるだけの「イベント」になっている。データが日々自動で集まる状態になれば、評価は日常業務に変わる。
これを「有事になってから」集めるのでは遅い。大きな災害が起きるたびに、各社の調達部門は全サプライヤに一斉に電話とメールで安否と操業状況を確認する。回答の集計だけで数日かかる。その数日の間に、代替調達の初動は遅れていく。ふだんから情報が集まる仕組みがあれば、有事の確認は「更新」だ。どの拠点が影響地域にあるかは即座に絞り込め、聞くべきことは差分だけになる。

最後に具体策だ。カギは、サプライヤとの情報のやり取りを、サプライヤポータルに集約することだ。
発想は単純だ。自社とサプライヤ双方がアクセスできる共通の場を一つ設け、見積依頼も、契約関連のやり取りも、品質や納期に関する連絡も、定期的な調査への回答も、すべてそこを通す。それだけで、これまで個人のメールボックスに埋もれていた対応履歴が、会社の資産として自動的に蓄積されていく。誰が読んでも同じ情報にたどり着けるから、担当者の異動で歴史が失われることもない。
サプライヤへの各種アンケートも、この入り口があれば一変する。BCPの整備状況、生産拠点の情報、GHG排出量やESG関連の調査。ポータル経由で配信すれば、回答はデータとして直接集まり、未回答の督促も一覧で済む。サプライヤの側も、顧客ごとにバラバラの様式で何度も同じことを聞かれる負担から解放される。調査は、双方にとって軽くなる。
もう一つ付け加えれば、こうした記録の蓄積は法対応の備えにもなる。2026年から施行された取適法は、価格協議への誠実な対応を発注側に求めている。サプライヤとのやり取りが時系列で残る仕組みは、協議の記録そのものだ。信頼関係の記録と、コンプライアンスの証跡。一つの仕組みが両方を兼ねる。

蓄積されたデータは、サプライヤ評価の土台になる。価格だけでなく、納期遵守率、品質実績、BCPの成熟度、環境対応。多面的な評価軸でサプライヤを見られるようになれば、「安いから選ぶ」から「総合力で選び、関係を育てる」への転換が、精神論ではなく実務としてまわりはじめる。「一番安いところに決めた。それの何が悪いんですか」というマヌケも減っていくだろう。
そりゃ「サプライヤがポータルなど使ってくれるのか」という疑問は当然あるだろう。コツは、サプライヤにとっても便利な業務から載せることだ。見積の依頼と回答、注文と納期回答といった、日々の取引に直結するやり取りから始めれば、使う理由が双方にある。取引のついでに情報が集まる形を作ってしまえば、調査のためだけにアクセスを頼む必要はなくなる。
ここまでくれば、マルチソース化も機能する。どのサプライヤがどんな力を持ち、どんなリスクを抱えているかが見えているから、意味のある分散ができる。有事には、どこが影響を受け、どこに切り替えるべきかが即座に分かる。
これは遠い理想論ではない。見積や発注、サプライヤとの情報連携をウェブ上で行う仕組みは、すでに実用の段階にあり、中堅規模の製造業でも十分に手が届く。最初から全品目・全サプライヤで始める必要もない。重要部材と主要サプライヤから小さく始め、効果を確かめながら広げればよい。
明日からできることもある。まず、自部門のサプライヤ情報がいま何カ所に散らばっているかを数えてみてほしい。五カ所か、十カ所か。次に、重要なサプライヤを二十社選び、その基本情報・契約・直近のやり取り・BCP情報を一つの場所に寄せてみる。それだけで、どの会社のことを実は何も知らなかったかが浮かび上がる。その気づきが、仕組みづくりの出発点になる。
適正な価格で買う力は、これからも必要だ。だがそれは、調達の仕事の半分でしかない。もう半分は、何があっても買い続けられる力、すなわち「止まらない調達能力」だ。ラインを一日も止めなかった調達部門の貢献は、削減額のように数字には表れない。表れないが、その価値を経営に説明できる材料は、日々の記録の中に眠っている。それを掘り起こせる仕組みを持つかどうか。競争力の分かれ目は、そこにある。
サプライヤとのやり取りがメールやエクセルに散在していると、見積依頼や契約管理、品質・納期対応、BCP・ESG調査の履歴が分断され、属人化や対応漏れの原因になります。
スマクラBDX 調達購買Webは、サプライヤポータルを活用して、見積依頼・回答、契約関連のやり取り、各種調査、情報共有を一元化。サプライヤとの対応履歴を組織の資産として蓄積し、調達業務の効率化とサプライチェーンリスクへの対応を支援します。
