未来調達研究所コラム「調達部門はなぜサプライヤ情報を管理すべきなのか」(2026/10/30)
筆者:坂口孝則 未来調達研究所株式会社 経営コンサルタント
大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。著書に『調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買実践塾』『だったら、世界一の購買部をつくってみろ!』『The調達・仕入れの基本帳77』『結局どうすりゃ、コストは下がるんですか?』(ともに日刊工業新聞社刊)『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ0円iPhoneの正体』(ともに幻冬舎刊)『会社が黒字になるしくみ』『思考停止ビジネス』(ともに徳間書店刊)など20冊を超える。
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信じるか信じないかはあなたしだい--。そんな話からはじめたい。
私が駆け出しのコンサルタントだったころ、奇妙な先輩コンサルタントからアドバイスをもらった。それは「大変な状況のときに笑みをもらすクライアントは努力しない」というものだった。
私は、調達・サプライチェーンのコンサルティングに従事している。なにも問題がなかったら私など呼び出さない。多くの調達部門はコストアップのプレッシャーや納期逼迫、サプライヤ生産能力不足など深刻な問題を抱えている。
一連の状況を説明してもらったあと、たしかに「いやあ、大変な状況なんですわ」と笑みをもらすひとがいるのだ。逃げ出したいかのような笑みだ。そしてたしかに、その後プロジェクトを開始してもうまくいかない。
なぜ笑みがダメか。前述の先輩コンサルタントは「甘えだから」という。子どもの笑みは「許して、ぼくのせいじゃないから」と伝えたいときに出る。調達・サプライチェーンの部門として、自分たちはそこそこやっているけれど、外部の環境が悪いからこうなっている、という甘え。自分ごとになっていない。何が起きても自分の責任だと思えていない。だから笑みが出るのだ、と。
そして実際に、自己評価が高い状況によく遭遇する。
たとえば「うちはサプライヤ管理はできていますよ。台帳がありますから」と部品メーカーの調達部長にそういわれたことがある。そこで、私はその台帳を見せてもらったら、単なる基幹システムの取引先マスタだった。項目は、会社名、登記住所、代表メールアドレス、電話番号、振込先口座、支払条件……。約1,000社分。整然と並んでいた。
い、いや……。サプライヤ管理って、これじゃないんじゃないかな、と思った私は聞いた。「このなかで、アルミ鋳物の推奨サプライヤはどこですか」。部長は少し黙ってから、隣の課長を見ると、課長は「たぶんここと、ここと……。ここはどうだったかな」と答えた。もちろん台帳には、その情報はない。
「では、ホルムズ海峡の閉鎖で影響をうけるサプライヤは?」。部長は正直なひとで、笑みをこぼさずに厳しい目つきでこういった。「なるほど。うちにあるのは台帳であって、サプライヤの情報じゃないんですね」
そのとおりだと思います、と私は答えた。そして特殊な例ではないことと、真摯にむきあっていただけそうで安心します、とも。
サプライヤを選ぶ基準は長いあいだ、価格と納期と一定の品質だった。この三つを満たすかどうかの比較でよかった。
だけどいまはちがう。
自然災害、コロナ禍のような感染症、サイバー攻撃、地政学・貿易摩擦……。供給が止まる要因は毎年のように変わって登場する。くわえて、人権侵害の排除、強制労働の防止、温室効果ガスの削減やGHGの計算、紛争鉱物の不使用。サプライヤの工場で問題が発覚すれば、自社のブランドが傷つく。もしかすると顧客からの取引停止や製品の輸入差し止めにまでいたるかもしれない。
安くて、間に合って、不良が少ないだけじゃなく、「経営が健全か」「法令を守っているか」「有事にも供給を続けられるか」まで確認する必要がでてきた。
これは調達部門にとって、判断に使う情報の種類増加を意味する。価格と納期なら見積書に書いてある。品質もかつての納入不良率をみればいい。だけど、経営の健全性や有事の対応力はわからない。自社で集め、もとうと希求するしかない。
現場で新規案件の相見積依頼サプライヤを決める場面を想像してほしい。担当者が候補を挙げる。ベテランが口を挟む。「あそこは前にトラブルがあっただろ」「そうでしたっけ?」。それで一社が外れる。トラブルの中身は、誰も正確には覚えていない。引き継がれていないからだ。5年前の納期の大トラブルだったか、不良だったか、担当者の相性だったか。
まるで「曖昧な日本の私」ならぬ「曖昧な調達の記憶」のまま外れる。いっぽうで「あそこはいつもちゃんとやってくれる」という印象で残る会社もある。本当にちゃんとやっているかどうかは、誰も数字で確かめていない。
調達担当者が悪いってことじゃない。
基幹システムを開けばサプライヤに何をいくら発注したかは出てくる。なんだけれど、その取引がうまくいったのかどうかはどこにも書いていない。納期から遅れて納品されたくらいはわかるけれど、その後にトラブルがあったのか、そのトラブルにどう対応したのかはわからない。取引っていうか、サプライヤの評価記録だからね。
これは「評価履歴の不在」とも呼べる。だから良いサプライヤも悪いサプライヤも、文芸批評とおなじで印象論でしか語れない。おお、現代でも調達業務は文学の感想とおなじってことか。
だからまさに自分ごととして、調達の変化に立ち向かわねばならない。
冒頭の部長の言葉に戻る。「うちにあるのは台帳であって、サプライヤの情報じゃない」というやつ。取引先台帳は、もともとは会計のためのものだ。発注し、検収し、請求書を照合し、期日どおりに正しい口座へ支払う。だから登記住所等の静的な情報だ。更新されるのはサプライヤの引っ越し届が出たとき。評価は取引開始時の与信審査と反社会的勢力との関連チェックくらいだ。
いっぽう、現代の調達に必要なのは別の情報だ。この会社はどんな加工技術を持っているか。生産余力はどのくらいか。災害時にどの拠点が代わりに動けるか(もちろん人命優先のうえでだ。なんてことを説明しなきゃいけない現代だから冗長なのは許してね)。過去、不良にどう対応したか。財務は健全か……。
これらは動的で、財務以外の要素も含む。案件のたび、監査のたび、実績が出るたびに更新されなければならない。だから前者を「取引先台帳」、後者を「サプライヤマスタ」と呼ぶとすれば、多くの日本企業にあるのは前者なんだろう。
なぜ後者がないか。サプライヤの技術や品質やリスクの情報は、調達、品質保証、生産技術とか、みんなが少しずつもっている。誰も全部をもっていない。だから、統合的なものは結果として存在しないわけだ。

ちょっと変な表現だけれど、サプライヤの情報は「自社の調達力」くらいに位置づけ直さねばならない。このサプライヤは何ができて、どのくらい信頼できて、どこにリスクがあるか。それを知っていることが、そのまま調達力なんだと。
でも、1,000社すべてを同じ深さで管理しようとすると、どこも浅い。実際、そうやって項目だけ立派な台帳をつくり、半年で誰も更新しなくなった例はたくさんある。だから区分けしよう。
代替が難しい技術をもつ戦略的なパートナー。市場の競争原理が働く汎用品のサプライヤ。供給が止まれば即座に生産が止まるボトルネックのサプライヤ。戦略パートナーとボトルネックは深く、汎用品は浅くてもいい。汎用品の会社に工場監査の記録まで求める必要はない。
目安なんだが、汎用品のサプライヤは台帳の情報に「取扱品目」と「直近の納期・品質の実績」を足す程度でいいだろ。戦略パートナーには、保有設備や得意な工法、開発への協力実績まで書く。ボトルネックのサプライヤには、製造拠点の所在地、代替生産の可否、財務の健全性といった「止まるかどうか」に関わる情報を書く。おなじ深い管理でも、戦略パートナーは「何ができるか」、ボトルネックは「止まらないか」と、見る方向が違うね。
深さを変えると、集める情報の量が現実的になる。もち主である調達部門が、本当に回せる範囲に収まる。

まずやることは、サプライヤマスタを中核に据え、散らばった情報を結びつけることだろう。ただ、その前に必ずぶつかる壁がある。それが、これまでの連載でも書いてきた名寄せだ。地味で、いちばん時間がかかる。
事業部ごと、工場ごと、海外拠点ごとに別のコードで登録された同じ会社を、全社でひとつのコードにそろえよう。「株式会社」「(株)」「カ)」の表記ゆれ。本社と工場が別々に登録されているケースは多いよね。社名変更や合併で、旧社名のコードが生き残っているはずだ。名寄せをすると、社数は想定より減るんじゃないかな。
そして、まじめに作っていると、いろいろなことに気づく。台帳に載るのは、支払う相手だ。商社経由で買っていれば、台帳にあるのは商社の名前だ。ただ部品を実際に作っているのは、その先の加工会社だ。災害でその加工会社が止まったとき、台帳を何度見ても、その名前は出てこない。
支払う相手と、作る相手。台帳は前者しか知らない。調達が知るべきは後者だ。名寄せの作業は、真実を記録し直す作業でもある。大げさだけれどねえ。
具体的には、マスタに「取引先」とは別に「製造元」と「製造拠点」の欄を持たせよう。商社から買っている品目でも、どこの会社のどの工場で作っているかを書く。全品目でやんなくていいよ。戦略パートナーとボトルネックの品目だけでいい。それでもやってみると商社に問い合わせても答えが返ってこない品目が出てくるはずだ。答えが返ってこないこと自体が、ひとつのリスク情報だ。
あとは紐づけだ。マスタを軸に、見積、発注、契約、品質の記録をつなぐのだ。

ところで、誰がこの情報をもつかを決めよう。というのも、前に書いたとおり、サプライヤの技術や品質やリスクの情報は、調達、品質保証、生産技術のあいだにある。だから誰も責任をもたないのだった。だから「全情報を調達部門で集めろ」というんだったら、調達部門がパンクする。品質監査の結果は品証が一番よく知っているし、設備の加工能力は生技が一番よく見ている。
だから肝要は、もち主と入力者をわけることだ。もち主は調達部門一つに決める。どの項目をどの深さでもつか、いつ更新するか、欠けている情報は何かを管理するのは調達部門の仕事だ。いっぽう、入力は一番よく知っている部門がやる。品質監査の結果は品証が、設備の情報は生技が入れる。調達部門は、入っていないところを催促する。
こうすると、各部門の負担は増えない。もともともっている情報を決まった場所に置くだけだからね。変わるのは、置き場所がひとつになることと、欠けていることに誰かが気づくようになることだ。
冒頭の部長とは、その後も何度か話した。
彼が最初にやったのは、システムの導入ではなかった。「サプライヤ情報を調達部門がもたせてくれ」と社内で宣言したことだ。それまで、誰のものでもなかった情報にもち主ができた。
もち主ができると、何が起きるか。足りない情報が見えるようになる。ホルムズ海峡の停止影響に答えられなかったのは、能力の問題ではなく、その情報をもつ役割が存在しなかったからだ。役割ができれば、集めかたの工夫がはじまる。
台帳は経理のものでいいので、別に調達が持つべき情報がある。それをもっているかどうかが、価格でしか選べない調達部門と、相手を選べる調達部門の差になる。サプライヤを知らずに、サプライヤを選ぶことはできない。
私は冒頭で、笑みによる甘えを出す部長の話をした。この原稿の話をどう思っただろうか。笑うか笑わないかは、あなたしだいだ。

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